新生・西和賀町誕生

 平成17年11月1日に、湯田町と沢内村が合併し西和賀町が誕生しました。町章は山と川と錦秋湖をイメージしています。
 西和賀町は、岩手県北上市と秋田県横手市を結ぶJR北上線のほぼ中間で、奥羽山脈の東側に位置し、北には国の自然環境保全地域として指定されている和賀岳、南には栗駒国定公園内に南本内岳がそびえ、錦秋湖周辺は湯田温泉郷県立自然公園に指定されるなど、豊かな自然に囲まれています。
 また、和賀川が南北に貫き、それにつながる多くの川や沢があり、豊富な水資源に恵まれた地域でもあります。
 総面積590.78k㎡の8割が山林原野で占められている山村地域です。産業は農林業の第1次産業、観光業などの3次産業が中心の地域です。

 湯田町は、明治22年の町村制施行によって湯田村となり、昭和39年に町制を施行。沢内村は明治22年の町村制施行により川舟村、猿橋村、太田村、前郷村、新町村、大野村の6箇所が合併し沢内村となりました。

 平成17年11月1日両町村が合併し、西和賀町が誕生しました。

「克雪」から「親雪」そして「利雪」へ

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 西和賀町の先人たちは、奥羽山脈にはばまれた雪深いこの地で生活していくため、大変な知恵と苦労が必要でした。
 県内では屈指の豪雪地帯として知られています。毎年11月頃から降り始め、2月下旬には2m近い雪にすっぽりと覆われます。かつて、雪は交通や産業活動を妨害する厄介者でした。しかし現在では、雪を克服する「克雪」から雪を使ったイベントの「親雪」へと、じゃま者から資源に変えていく取組みをしています。

 「昭和新山国際雪合戦大会」の岩手県代表選考会も兼ねた「ほっとゆだ北日本雪合戦大会」。町内の各家々又は各地区で、趣向を凝らして作られた雪像やミニかまくらにロウソクを灯した「雪あかり」や、全国でも珍しい夏の雪まつり「雪氷まつり」などを開催しています。
 また、雪を冷熱源にした低温貯蔵庫に、米やリンドウなど西和賀町の農産物を貯蔵するなど、雪を産業に生かすとともに、屋内ゲートボール場や障害者通所授産施設には雪冷房装置を設置して、積極的に「利雪」にも取り組んでいます。

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温泉と福祉のまち

 昭和39年、旧湯田町に多目的ダムである湯田ダムが建設されました。当時としては、国内最大規模である600世帯が移転する大事業でした。
 このダムによって出来た人造湖を錦秋湖と呼んでいます。ダム周辺は岩手県の県立自然公園に指定されていて、環境整備も進められています。

 旧湯田町は、古くから秋田県と岩手県を行き交う人々の交通の要所です。温泉があったことから、旅の疲れを癒す湯治場としても知られています。明治26年には、俳人・正岡子規が秋田県六郷町(現在は秋田県美郷町)から山越えをして西和賀町(旧湯田町)に入り、湯本温泉に投宿した記録が残っています。
 また、全国初の温泉付き駅舎である「ほっとゆだ駅」や、東北地方初の砂風呂「砂ゆっこ」をはじめ、特徴のある公衆浴場を町内8ヵ所に設置し、地域住民の健康増進や福祉の向上に利用しています。
 旧沢内村は保健福祉に力をいれた村づくり、旧湯田町は温泉に力をいれた取り組みを行っており、ともに特色のあるまちづくりを行ってきました。

 両町村とも豊かな自然や特徴ある文化など、地域資源に恵まれており、エコミュージアム活動などを通じて地域資源を掘り起こしと活用に取り組んでいます。今後は、これらに合併のメリットを生かしたまちづくりを進めます。人口1万人も目標にした取り組みにも力を入れ、都市生活の移住の促進など、過疎と少子化からの脱却を目指します。

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