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印刷 - 西和賀の先人 深澤晟雄(1905~1965)

西和賀の先人 深澤晟雄(1905~1965)

深澤 晟雄(ふかさわ まさお)

業績(深澤晟雄胸像 顕彰 碑文より)

(明治38年12月11日生まれ)

 沢内村(さわうちむら)の自然(しぜん)は美(うつく)しい、然(しか)し冬季(とうき)は激(はげ)しい豪雪(ごうせつ)のため原始社会(げんししゃかい)に還(かえ)り、交通(こうつう)はもとより産業(さんぎょう)も文化(ぶんか)も麻痺状態(まひじょうたい)に入(はい)り、しかも生命(せいめい)を維持(いじ)する最低(さいてい)の医療手段(いりょうしゅだん)さえ失(うしな)う生活(せいかつ)を余儀(よぎ)なくされた。

 昭和(しょうわ)三十二年(さんじゅうにねん)深澤晟雄(ふかさわまさお)(し)村長(そんちょう)に就任(しゅうにん)するや、理想(りそう)(たか)く正義感(せいぎかん)の強(つよ)い氏(し)は、この自然(しぜん)の猛威(もうい)を克服(こくふく)することを悲願(ひがん)として奔走(ほんそう、ついに村(むら)と県都(けんと)盛岡(もりおか)までの冬季交通(とうきこうつう)を確保(かくほ)し、特(とく)に医療行政(いりょうぎょうせい)において老齢者(ろうれいしゃ、乳児(にゅうじ)に対(たい)する国保(こくほ)の十割給付(じゅうわりきゅうふ)を断行(だんこう、村民(そんみん)の平均寿命(へいきんじゅみょう)の延長(えんちょう、乳児死亡率零(にゅうじしぼうりつゼロ)の金字塔(きんじとう)を打(う)ち樹(た)てたことは、村史(そんし)に銘記(めいき)すべき不滅(ふめつ)の業績(ぎょうせき)である。六千村民(ろくせんそんみん、氏(し)の輝(かが)やかしい遺業(いぎょう)を受継(うけつ)ぎ、更(さら)に本村(ほんそん)の発展(はってん)と飛躍(ひやく)を期(き)し「村民(そんみん)の道標(どうひょう」として、茲(ここ)に氏(し)の胸像(きょうぞう)を建立(こんりゅう)(なが)く記念(きねん)するものである。

生涯

1905年 明治38年 沢内村太田(現:西和賀町沢内字太田)に生まれる。父晟訓、母タミの長男。
1912年 明治45年 沢内村立新町小学校 太田分教場 入学
1918年 大正 7年  〃 小学校 高等科 進学
1919年 大正 8年 岩手県立一関中学校 入学
1925年 大正14年 仙台第二高等学校 入学
1928年 昭和 3年 東北帝国大学 法文学部 入学
1931年 昭和 6年   〃             卒業
   

中華民国上海銀行、台湾総督府、満州拓殖公社、満州重工業東辺道開発会社

北支開発山東鉱業会社に勤務

1946年 昭和21年 帰郷し農業に従事、青年会学習講座講師
1948年 昭和23年

佐世保船舶工業株式会社、日東開発鉱業株式会社、日本蛍光燈株式会社

日本温泉建設株式会社に勤務

1954年 昭和29年 帰郷し農業に従事、岩手県立黒沢尻南高校沢内分校 英語講師
    沢内村教育長(昭和29年5月~昭和31年9月)
1956年 昭和31年 沢内村助役(昭和31年10月~昭和32年4月)
1957年 昭和32年 沢内村長(昭和32年5月~昭和40年1月)
1965年 昭和40年 病気のため、福島医大付属病院にて死去

深沢村長時代の主なできごと

1957年

保健婦2名採用・沢内村保健委員会を設置

夏期予防活動を実施(岩手医科大学)

ブルドーザーを借上げ、道路除雪始める

1958年

農地開発・道路除雪のためブルドーザー1台購入

養老手当の支給(70歳以上)

1959年

保健連絡員20名を置く

東北大学から沢内病院へ医師を招聘

1960年

湯本-川舟間の除雪、湯本-太田間の定期バス運行

沢内病院再建計画、沢内村地域医療計画の樹立

沢内村公衆衛生組合連合会の結成

65歳以上の老年者に国保10割給付を実施

政府売渡米10,000俵を突破

1961年

国保10割給付を60歳以上老人と1歳未満乳児に拡充

1962年

血圧総合検診の実施(岩手医科大学・東北大学)

乳児死亡率ゼロを達成

1963年

保健文化賞(第一生命主催)受賞

政府売渡米20,000俵を突破

盛岡-湯本間定期バス開通

1964年

岩手日報文化賞(健康モデル村)受賞

沢内村教育振興運動推進協議会の結成

1965年 全国町村会長表彰(挙村一致の健康管理)

過去記事 広報さわうち

・ 教育長時代 青年団との座談会 [484KB pdfファイル]

・ 助役時代 助役就任  [464KB pdfファイル]

・ 村長時代 村長初当選 [480KB pdfファイル]

・ 村長時代 昭和32年所信表明 [497KB pdfファイル]

・ 村長時代 ブルドーザー導入計画 [420KB pdfファイル]

・ 村長時代 昭和33年施政方針 [461KB pdfファイル]

・ 村長時代 65歳以上国保十割給付 [503KB pdfファイル]

・ 村長時代 昭和36年施政方針 [426KB pdfファイル]

・ 村長時代 盛岡定期バス開通 [451KB pdfファイル]

・ 村長時代 昭和39年新年の抱負 [782KB pdfファイル]

・ 村長時代 生命村長の死 [416KB pdfファイル]

深澤晟雄胸像

【所在地】

西和賀町沢内字太田2-68 沢内病院敷地内

深澤晟雄資料館 前庭

深澤晟雄資料館

平成20年10月 開館

【展示物】

深澤村長が実際に使っていた物、その他写真・書類・映像資料

【所在地】

〒029-5614 西和賀町沢内字太田2-68(沢内病院隣り)

【ホームページ】

http://www.fukasawa-masao.jp

【連絡先】

管理運営 : NPO法人深澤晟雄の会

TEL 0197-85-3838

劇映画 いのちの山河~日本の青空Ⅱ~ 

上映情報 2009年10月~2011年3月 全国各地で上映予定 

ホームページ http://www.cinema-indies.co.jp/aozora2/index.php

連絡先 03-3524-1565 (「日本の青空Ⅱ」製作委員会)

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